「普通」を持ち出すやつは凡人になる

山田の考え

よく会話の中で「普通に考えると」というワードが出てきます。何気なく使っているそのワード、受験生にはNGワードなんです。

日本人が「普通」という場合、「一般」とか「常識」を指します。例えば「歩いて日本一周する!」という人がいれば、「普通」に考えると無謀なチャレンジです。

この言葉は、日常生活において使うのは問題ありません。ただ、受験生やビジネスにおいては使うのに注意が必要です。

大学受験とは、狭い枠をめぐって知識や応用力を競う戦いです。難関私立大学のレベルになると、倍率は10倍を超えることもあります。そんな厳しい争いの中で、「普通」を意識して勉強しているとどうなるでしょうか?

「普通はまだこの時期は勉強していない」とか、「普通はこの塾行けば安心」とか、「普通はみんなこの単語帳で英単語覚えてる」とか、「普通に考えてそんな勉強で受からない」とか。こういった発言はよく聞かれますが、その「普通」ってそもそも何でしょうか?自分の周囲の常識?全受験生における一般?多くの人は、そのあまりにも曖昧な「普通」を基準に物事を判断しています。そしてその決め手は、実は「世の中の常識」ではなく「あなたの主観」でしかないのです。自分の周囲を一般とするか、全受験生を一般とするか、同じ大学を目指す人たちを一般とするか。その一般を決定しているのは無根拠なあなたの主観だということを自覚してください。

 

また、この厳しい戦いで合格する人とはどのような人でしょうか?

例えば上位国公立や難関私大に合格する人は、世の中全体を一般として考えた場合、まぎれもなく「勉強において優秀」な人間に当たります。その割合は全体に対して間違いなく少数です。少数でなければ学力が高いことに価値はないですから。ということは、そこを目指す人は「勉強において優秀」な人間にならなければいけない。つまり、「あなた自身が少数派の人間にならなければいけない」ということです。

世の中を基準に考えて「普通」であることにとらわれていると、世の中の「普通」、つまり多数派にしかなれません。多数派の人間が難しい大学に行けますか?就職活動をして、給料が良くて休みも安定していて、残業もほとんどないホワイト企業に採用されるでしょうか?

バブルが崩壊してからの平成の時代は、日本経済にとって決して良い状態ではありませんでした。大会社が倒産したり、相次ぐリストラ、非正規雇用、ブラック企業といったネガティブな言葉がそれを物語っています。そんな日本において、ホワイト企業は多数派か少数派か。間違いなく少数派です。でなければ、このような労働における問題は社会問題のレベルにならないからです。その少数派の企業に属したいのならば、多数派の基準で行動してはいけないのです。

そもそも、社会における価値(価格)は希少性が大いに関係しています。他の人や他の会社がやっていることをしたところで、そこに希少性はなく、ニーズは生まれないので価値はありません。先ほども述べたように、難関大学に進学する人は少数だから貴重なのです。「大学卒」の人が非常に多くなった日本においては、「とりあえず大学を出る」価値はほぼありません。「とりあえず大卒」に価値があったのは「大卒」の人が少なかった時代の話です。現代には、少数派になれるような突出した能力が必要です。企業も同様で、経営がうまくいかない企業の中には、過去の成功に執着して現代に適応していないものがあります。過去に成功したものは多くの企業がマネをして一般化されているので、現代社会においては無価値だということに気づいていないのです。そんな企業に属したくないのであれば、自分自身が「普通」にとらわれずに希少性の高い人材になる必要があります。

 

受験生は、マネをすして常識的になるためでなく、少数派になるために周囲の人をよく見て分析しましょう。優秀な人はどのように勉強して、どんな参考書を使って、どこの塾に通っているか。逆に成績が低い人はどのように勉強して、どんな参考書を使ってどこの塾に通っているか。最近ではYou Tubeでも様々な勉強法やオススメの参考書を紹介する動画があります。大切なのは、それらをただ鵜呑みにするのではなくて自分なりに解釈して工夫すること。それによって、ただ鵜呑みにしている人と差別化して少数派を目指すことです。

「難関大学に合格すれば少数派の優秀な人間になれる」のではなく、「少数派の優秀な人間だから難関大学に合格できる」ということを忘れないようにしましょう。

 

本日のポイント

・「普通」は自分の主観でしかない

・受験でも社会でも、求められるのは「少数派」の存在

・「普通」よりも優秀な「少数派」になるために周囲を見て分析する

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